繁華街の裏に隠れているモノ :: デイリーSKIN

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[2015年08月14日00時00分00秒]
繁華街の裏に隠れているモノ

 暑くなってきましたね。

 6月とは思えないほどの清々しい前半、そろそろジメジメと夏の訪れと

 怪奇現象の噂が聞こえてきていますね。

(ライターFT)

繁華街の裏に隠れているモノ


 大阪では繁華街と呼ばれる場所が多く存在します。

 代表的な場所としてなんば(ミナミ)があります。その地域の中で

 千日前という場所があります。

 この場所がなぜ繁華街になったのでしょうか?

 千日前筋の北側に法善寺横町という狭い小路があります。そこには不動明王と金毘羅堂の慈悲地蔵尊のある小さな境内があり千日回向の中心地として栄え、「千日寺」
とも称されていました。現在の千日前はその前に拓けたところからついた名前になり
ます。



 太平洋戦争で辺り一帯がほとんど焼失したときも、唯一焼け残った不動明王は、現
在「水かけ不動さん」と呼ばれお寺のみならず地域のシンボルとなり、人々に愛され
ています。

 信号を渡り南側に移動すると下の動画のような商店街になります。

 

 現在、ビックカメラがあるビルには約40年前にこんな凄惨な火災がありました。



 1972年の出来事になります。

 被害者は118人という大惨事になりました。

 ずっと前にデイリーSKINでも千日前の怪奇現象について私のちょっとした
体験談をご紹介しましたが今でもこうした不可解な現象が続いています。

 真夜中に千日前でタクシーは捕まりません。こんな証言があります。

「あの場所で夜中に若い女の人を見かけても誰も絶対乗せんよ。
 そういうのがよく出るもんでなー」


 ここが繁華街となった理由としては刑場が阿倍野に移転されたことに始まります。

 その後はこの場所をどう再開発したらよいか悩んだそうです。なんせ処刑場跡で
当時はさらし首や首洗い井戸などがあった場所、誰だってここをそっとしておきたか
ったと思います。法善寺の別名は千日寺と呼ばれています。それは千日たってもずっ
とお経が唱えられているからなんです。処刑された人のためのお経なんですね。

 苦肉の策として考えられたのが一坪につき50銭のお金を給付するというものでし
た。この処刑場跡を賑わいのある場所にする為の施策として考えられたのが見世物小
屋を許可する施策でした。

 江戸時代の出来事です。

 それから時代は明治に移ります。

 南海電車難波駅が開通されると周辺には映画館などの施設が立ち並ぶようになります。大阪でも有数の繁華街と街は変貌を遂げます。

 実はこの場所を掘ると人骨が未だに出てくるそうです。

 明治時代は「千日前楽天地」と呼ばれていました。



 千日前が特別な理由はこうした理由があったんですね。

 嘘か本当かはわかりませんが従業員はみんなお守りやお札つけてるらしいです。









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