カヴァーソングが上手いシンガー 注目の二人 :: PUNK ROCKは最高! まとめ :: 1980年12月8日  John lennon 墜つ :: 1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 :: 1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 衝撃のボアダムズ、sonic youth :: 1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 何でもグランジ、オルタナティヴは違う! :: 1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 その変遷 まとめ :: デイリーSKIN

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[2020年01月09日00時00分00秒]
1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 その変遷 まとめ


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳

(ライターFT)

シアトルから生まれたグランジ・ミュージックの勃興の歴史とその影響 

 
 ニルヴァーナの代表的ヒット曲となった「Smells Like Teen Spirit」が1991年にリリースされた時、音楽業界は大きな衝撃を受けた。シンセサイザー、派手な髪型、過度なプロダクション技術に支配されて10年が経ったポピュラー・ミュージックを解放したのは、シアトル出身のアウトサイダー3人組で、彼らは‘グランジ・ミュージック’の先陣を切った。グランジとは、ロックン・ロールに何としてでも気骨を取り戻してみせる、という固い決意を持ったジャンルと言っていいだろう。

 ロック・ミュージックの歴史におけるグランジ・ミュージックは、チェック縞のシャツを着た若者たちが予期せぬ形で伝統的なロックン・ロールを救い、80年代のヘアメタル・バンドの息の根を止めたものとして語られ続けている。支持の高いこの仮説の中には真実も含まれており、グランジは90年代のオルタナティヴ・ロック大爆発の導火紙となったのも事実ではある。しかし、ハードでヘヴィながらも他とは一線を画したサウンドを持つグランジが商業的に大ヒットしたのは、1991年にリリースされたニルヴァーナの『Nevermind』 だ。その一方で、シアトル中心のムーヴメントの起源は80年代前半、アメリカのアンダーグラウンドなロック・シーンまで遡ることができる。

🌟シアトルから生まれたグランジ・ミュージックの勃興の歴史とその影響




 グランジ (Grunge) とは、ロック音楽のジャンルのひとつ。「汚れた」、「薄汚い」という意味の形容詞 "grungy" が名詞化した "grunge" が語源となります。

 80年代のハードロック・ヘヴィメタルシーンはテクニック至上主義と言える。

 80年代ハードロック・ヘヴィメタルではL・Aメタルが人気を得ていた。どのバンドも化粧をし、テクニックは抜群。下手な80年代ハードロック・ヘヴィメタルもいたが、とにかくビジュアルを意識しておりお化粧するバンドが多かったです。

 L・Aメタルに対抗するようにブリティッシュハードロック・ヘヴィメタルは硬派なバンドが多かったですが、とにかく派手。そしてやはりどのバンドもテクニックが半端なかった。



 そんな風潮に彗星の如く現れたのがカートコバーン率いる「ニルバーナ」だった。「ニルバーナ」が商業的な成功を収める前からあまり装飾しないハードロック・ヘヴィメタルでもなく、パンクでもないラウドなバンドや明らかに80年代のハードロック・ヘヴィメタルではない、むしろこの時代の浮かれた音楽を否定するミュージシャンが多く出てきた。

 音の内容については70年代パンクやガレージバンドを基本としたようなラウドなバンド、その代表格が「ニルバーナ」だったのではないでしょうか。

 リリースしたアルバムは3枚、ブリーチ』 - BLEACH (1989) 最高位7位、2xプラチナム(UK)
、『ネヴァーマインド』 - NEVERMIND (1991)、『イン・ユーテロ』 - IN UTERO(1993) 最高位1位、5xプラチナム(U.S.) 最高位1位、ゴールド(UK)

 ネヴァーマインドというアルバムが何故ここまで売れたのかは時代という他ない。もちろんアルバムの内容はかなりイイ。

 でも所詮、商業的に練り直されたアルバムと言える。

 本当の「ニルバーナ」は1stアルバム「BLEACH」を聞けばグランジの全てが分かる。



 とにかくかっこいいアルバムと言える。



 一般受けしないラウドでダークな曲調ですね。



 ネバーマインドもラウドでダークなんですが、幾分聴きやすくなっていますね。

 「ニルバーナ」登場以前からグランジ・オルタナティヴシーンは盛り上がりを見せていたのですが、ニルバーナ以前にシーンを牽引していたニューヨークのバンドあります。

 Sonic Youthというバンドです。

 初めて彼らをみたのは大阪のフェスティバルホールでした。

 しかも音楽関係者にチケットが回ってきたのですが、オープニングアクトにボアダムスというキャスティングで、これもまた衝撃的な忘れられないライヴでした。


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 衝撃のボアダムズ、sonic youth

(ライターFT)

オルタナティヴ・ロック 

 
 オルタナティヴ・ロック(Alternative Rock)は、ロックの一ジャンルである。日本ではオルタナティヴ、オルタナと略称されることが多い。

 オルタナティヴ(Alternative)とは、「もうひとつの選択、代わりとなる、代替手段」という意味の英語の形容詞。大手レコード会社主導の商業主義的な産業ロックやポピュラー音楽とは一線を画し、時代の流れに捕われない普遍的な価値を求める精神や、アンダーグラウンドの精神を持つ音楽シーンのことである。イギリス、アメリカだけでなく、世界の多くの国に存在する。

 ジャンル全体の傾向としては、1970年代後半の英米の産業ロックへの反発からくる、1960年代ロックへの回帰(音楽的のみならず、思想的にも)を志向しており、インディー・ロックの流れを汲む。

 オルタナティヴ・ロックに分類されるジャンルには、パンク・ロック、ハードコア・パンク、ノー・ウェイヴ、インダストリアル、エモ、グランジ、シューゲイザー、ノイズロック、ミクスチャー・ロック、ラップロック、ローファイ、ポスト・パンクなどがある。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 sonic youthのオープニングアクトとして大阪フェスティバルホールに出演していたボアダムスというバンド、1990年代後半から関西発、マニアックなバンドとしてですが、現在では世界的に有名なバンドになっている。

 私が彼らを初体験したのは、音楽関係者から回ってきったチケットでsonic youthの前座としてたまたまでした。

 ダブルボーカルにツインドラム、トランペットもいる編成だった。

 音楽性については体験してもらえばいいが、当時のサウンドを現在ライヴで体験することはできない。

 由緒正しい大阪フェスティバルホールでダイヴはするわ、マイクを口に突っ込んで叫んでいるわ、1990年代にノイズなんて聞いたことのないジャンルだったので、あまりに衝撃的で理解不能だった。その場でただ呆然と観ているだけで精一杯だった。

ボアダムス 

 メンバーそれぞれが突出した個性を持ち、特殊な音楽性であるため、メンバーの入れ替わり、バンド名の表記の変更などがごく当たり前のように何度か行われた。また、メンバーが個々にソロワーク、他のアーティストのコラボレーション等のサイドプロジェクトも熱心に行っており、関連ユニットの数は膨大な数に上る。 現在はV∞REDOMSという名義がよく知られ、2ドラムス+1DJというスタイルで音楽を披露している。
初期の音楽性はノイズ・ミュージックとハードコアを主体としたサウンドであったが、『SUPER GO』以降は民族音楽などを取り入れた太陽崇拝トランスへと大幅な転換をむかえる。 日本よりむしろ海外での評価が高く、ソニック・ユースやニルヴァーナ等の初期のグランジ勢から、ビースティ・ボーイズ、リチャード・D・ジェームス(エイフェックス・ツイン) まで、その交友関係は多岐に渡る。海外の音楽フェスティバルに招聘されることもある。

 2007年7月7日、ニューヨーク・ブルックリンズパークにてメンバーを含む77台のドラム,2008年8月8日、LAのLACMAで88台のドラムによるパフォーマンスを敢行した。ニューヨーク・タイムズ紙にも取り上げられている。77BOADRUMの模様はドキュメンタリー映画として製作・公開され、2008年11月にはライブの音を完全収録した2枚組みCD+ダイジェストDVDとして商品化された。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 とにかく強烈なインパクトだった。



 まさに初期のボアダムズの動画がありました。

 きっと海外でもこんなバンドはなかったのでしょう。

 1994年のロンドンライヴの熱狂っぷりは凄まじい映像ですね。



 こちらは2012年のライヴ映像です。



 こちらがニューヨークタイムズにも取り上げられたライヴ。

 言葉なんか要らない、ボアダムズの魅力ですね。


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 何でもグランジ、オルタナティヴは違う!

(ライターFT)

オルタナティヴとは、既存の商業ベースに捉われない“新しい価値観” 

 
 “グランジ”は若者のファッションにも大きな影響を与えた。パンクとグラム・ロックを混ぜ合わせてさらに上塗りを重ねたような、ハードロックのファッションやサウンドを、“けばい”、“ダサい”の象徴として化石扱いするような流れが生まれ、オーバーサイズの擦り切れたジーンズ、くたびれたTシャツやネルシャツが大流行。ここ日本でも一大古着ブームとなった。余談だが、破れたジーンズを部屋に置きっぱなしにしていたら、おばあちゃんに変なアップリケを付けられた、という話はいわゆる“あるある”だ(笑)。

 そういった流れがあって、現在一般的によく使われる“オルタナティヴ”という言葉は、1990年代以降のことを指す場合が多い。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやベック、ペイヴメントらはその代表的な存在。それ以前から活動していたREM、ソニック・ユース、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ビースティ・ボーイズらもまた新たに脚光を浴びることになった。

 彼らの作品を聴いたことがある人ならわかるように、“オルタナティヴ”は明確なサウンド・スタイルを示すものではない。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは強烈なインパクトを持ったギターサウンドやリフに、それまでのロックらしい歌メロではなく終始ラップが乗ったメッセージ性の強い音楽。ペイヴメントはそれと対極にあるような、ゆるい脱力系ポップ。ベックは曲単位、作品単位でぜんぜん色が違う。にもかかわらず、オルタナティヴという言葉は、さまざまな文献で頻繁に落としどころとして使われている。ゆえに、筆者も「オルタナ・バンドをいくつか聴いてみたものの、さっぱりわからないんですけど……」という質問をよく受ける。

🌟新時代のオルタナティヴ・ロック/グランジ。ニルヴァーナからミツキ、ニトロデイ、あっこゴリラまでを貫くプリミティヴなもの




 当時、レッド・ホットチリペッパーズまでがオルタナティヴ・ロックとジャンル分けされていました。確かにレッチリは既存の商業ベースに捉われない“新しい価値観”と言えるバンドだったが、完全にミクスチャーロックの基礎を固めた先進的な音楽性と言えるバンドだ。

 特にレッチリの母乳というアルバムから商業ベースに乗った良作のアルバムと言える。



 初代ギタリストのヒレルが亡くなってしまってからは、完全に商業ベースに乗ってしまった。

 もちろん、商業ベースに乗ったからといってレッチリが悪くなったのではなく、良くなった良い例と言える。しかし初期からのファンはきっとどこかで違うという気持ちがあったのだろう。

 特にオープニングの”good time boys”は完全にハードロック・ヘヴィメタル、ファンク、ヒップ・ホップなどの要素を織り込んだミクスチャーロックではないか。



 この曲を聴くとテンション上がりますね。

 グランジ、オルタナティヴ という言葉が世に手間って早30年。

 音楽の変遷はどうなったのか?

 とにかく若い世代が素晴らしい。



 AYNIW TEPO、アジアなどで活躍する奈良出身のバンドです。

 音楽っていいですね。









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ケツを締める!ヒップアップ まとめ

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[2020年01月08日00時00分00秒]
1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 何でもグランジ、オルタナティヴは違う!


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 何でもグランジ、オルタナティヴは違う!

(ライターFT)

オルタナティヴとは、既存の商業ベースに捉われない“新しい価値観” 

 
 “グランジ”は若者のファッションにも大きな影響を与えた。パンクとグラム・ロックを混ぜ合わせてさらに上塗りを重ねたような、ハードロックのファッションやサウンドを、“けばい”、“ダサい”の象徴として化石扱いするような流れが生まれ、オーバーサイズの擦り切れたジーンズ、くたびれたTシャツやネルシャツが大流行。ここ日本でも一大古着ブームとなった。余談だが、破れたジーンズを部屋に置きっぱなしにしていたら、おばあちゃんに変なアップリケを付けられた、という話はいわゆる“あるある”だ(笑)。

 そういった流れがあって、現在一般的によく使われる“オルタナティヴ”という言葉は、1990年代以降のことを指す場合が多い。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやベック、ペイヴメントらはその代表的な存在。それ以前から活動していたREM、ソニック・ユース、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ビースティ・ボーイズらもまた新たに脚光を浴びることになった。

 彼らの作品を聴いたことがある人ならわかるように、“オルタナティヴ”は明確なサウンド・スタイルを示すものではない。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは強烈なインパクトを持ったギターサウンドやリフに、それまでのロックらしい歌メロではなく終始ラップが乗ったメッセージ性の強い音楽。ペイヴメントはそれと対極にあるような、ゆるい脱力系ポップ。ベックは曲単位、作品単位でぜんぜん色が違う。にもかかわらず、オルタナティヴという言葉は、さまざまな文献で頻繁に落としどころとして使われている。ゆえに、筆者も「オルタナ・バンドをいくつか聴いてみたものの、さっぱりわからないんですけど……」という質問をよく受ける。

🌟新時代のオルタナティヴ・ロック/グランジ。ニルヴァーナからミツキ、ニトロデイ、あっこゴリラまでを貫くプリミティヴなもの




 当時、レッド・ホットチリペッパーズまでがオルタナティヴ・ロックとジャンル分けされていました。確かにレッチリは既存の商業ベースに捉われない“新しい価値観”と言えるバンドだったが、完全にミクスチャーロックの基礎を固めた先進的な音楽性と言えるバンドだ。

 特にレッチリの母乳というアルバムから商業ベースに乗った良作のアルバムと言える。



 初代ギタリストのヒレルが亡くなってしまってからは、完全に商業ベースに乗ってしまった。

 もちろん、商業ベースに乗ったからといってレッチリが悪くなったのではなく、良くなった良い例と言える。しかし初期からのファンはきっとどこかで違うという気持ちがあったのだろう。

 特にオープニングの”good time boys”は完全にハードロック・ヘヴィメタル、ファンク、ヒップ・ホップなどの要素を織り込んだミクスチャーロックではないか。



 この曲を聴くとテンション上がりますね。

 グランジ、オルタナティヴ という言葉が世に手間って早30年。

 音楽の変遷はどうなったのか?

 とにかく若い世代が素晴らしい。



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[2020年01月07日00時00分00秒]
1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 衝撃のボアダムズ、sonic youth


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 衝撃のボアダムズ、sonic youth

(ライターFT)

オルタナティヴ・ロック 

 
 オルタナティヴ・ロック(Alternative Rock)は、ロックの一ジャンルである。日本ではオルタナティヴ、オルタナと略称されることが多い。

 オルタナティヴ(Alternative)とは、「もうひとつの選択、代わりとなる、代替手段」という意味の英語の形容詞。大手レコード会社主導の商業主義的な産業ロックやポピュラー音楽とは一線を画し、時代の流れに捕われない普遍的な価値を求める精神や、アンダーグラウンドの精神を持つ音楽シーンのことである。イギリス、アメリカだけでなく、世界の多くの国に存在する。

 ジャンル全体の傾向としては、1970年代後半の英米の産業ロックへの反発からくる、1960年代ロックへの回帰(音楽的のみならず、思想的にも)を志向しており、インディー・ロックの流れを汲む。

 オルタナティヴ・ロックに分類されるジャンルには、パンク・ロック、ハードコア・パンク、ノー・ウェイヴ、インダストリアル、エモ、グランジ、シューゲイザー、ノイズロック、ミクスチャー・ロック、ラップロック、ローファイ、ポスト・パンクなどがある。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 sonic youthのオープニングアクトとして大阪フェスティバルホールに出演していたボアダムスというバンド、1990年代後半から関西発、マニアックなバンドとしてですが、現在では世界的に有名なバンドになっている。

 私が彼らを初体験したのは、音楽関係者から回ってきったチケットでsonic youthの前座としてたまたまでした。

 ダブルボーカルにツインドラム、トランペットもいる編成だった。

 音楽性については体験してもらえばいいが、当時のサウンドを現在ライヴで体験することはできない。

 由緒正しい大阪フェスティバルホールでダイヴはするわ、マイクを口に突っ込んで叫んでいるわ、1990年代にノイズなんて聞いたことのないジャンルだったので、あまりに衝撃的で理解不能だった。その場でただ呆然と観ているだけで精一杯だった。

ボアダムス 

 メンバーそれぞれが突出した個性を持ち、特殊な音楽性であるため、メンバーの入れ替わり、バンド名の表記の変更などがごく当たり前のように何度か行われた。また、メンバーが個々にソロワーク、他のアーティストのコラボレーション等のサイドプロジェクトも熱心に行っており、関連ユニットの数は膨大な数に上る。 現在はV∞REDOMSという名義がよく知られ、2ドラムス+1DJというスタイルで音楽を披露している。
初期の音楽性はノイズ・ミュージックとハードコアを主体としたサウンドであったが、『SUPER GO』以降は民族音楽などを取り入れた太陽崇拝トランスへと大幅な転換をむかえる。 日本よりむしろ海外での評価が高く、ソニック・ユースやニルヴァーナ等の初期のグランジ勢から、ビースティ・ボーイズ、リチャード・D・ジェームス(エイフェックス・ツイン) まで、その交友関係は多岐に渡る。海外の音楽フェスティバルに招聘されることもある。

 2007年7月7日、ニューヨーク・ブルックリンズパークにてメンバーを含む77台のドラム,2008年8月8日、LAのLACMAで88台のドラムによるパフォーマンスを敢行した。ニューヨーク・タイムズ紙にも取り上げられている。77BOADRUMの模様はドキュメンタリー映画として製作・公開され、2008年11月にはライブの音を完全収録した2枚組みCD+ダイジェストDVDとして商品化された。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 とにかく強烈なインパクトだった。



 まさに初期のボアダムズの動画がありました。

 きっと海外でもこんなバンドはなかったのでしょう。

 1994年のロンドンライヴの熱狂っぷりは凄まじい映像ですね。



 こちらは2012年のライヴ映像です。



 こちらがニューヨークタイムズにも取り上げられたライヴ。

 言葉なんか要らない、ボアダムズの魅力ですね。









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1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳

(ライターFT)

シアトルから生まれたグランジ・ミュージックの勃興の歴史とその影響 

 
 ニルヴァーナの代表的ヒット曲となった「Smells Like Teen Spirit」が1991年にリリースされた時、音楽業界は大きな衝撃を受けた。シンセサイザー、派手な髪型、過度なプロダクション技術に支配されて10年が経ったポピュラー・ミュージックを解放したのは、シアトル出身のアウトサイダー3人組で、彼らは‘グランジ・ミュージック’の先陣を切った。グランジとは、ロックン・ロールに何としてでも気骨を取り戻してみせる、という固い決意を持ったジャンルと言っていいだろう。

 ロック・ミュージックの歴史におけるグランジ・ミュージックは、チェック縞のシャツを着た若者たちが予期せぬ形で伝統的なロックン・ロールを救い、80年代のヘアメタル・バンドの息の根を止めたものとして語られ続けている。支持の高いこの仮説の中には真実も含まれており、グランジは90年代のオルタナティヴ・ロック大爆発の導火紙となったのも事実ではある。しかし、ハードでヘヴィながらも他とは一線を画したサウンドを持つグランジが商業的に大ヒットしたのは、1991年にリリースされたニルヴァーナの『Nevermind』 だ。その一方で、シアトル中心のムーヴメントの起源は80年代前半、アメリカのアンダーグラウンドなロック・シーンまで遡ることができる。

🌟シアトルから生まれたグランジ・ミュージックの勃興の歴史とその影響




 グランジ (Grunge) とは、ロック音楽のジャンルのひとつ。「汚れた」、「薄汚い」という意味の形容詞 "grungy" が名詞化した "grunge" が語源となります。

 80年代のハードロック・ヘヴィメタルシーンはテクニック至上主義と言える。

 80年代ハードロック・ヘヴィメタルではL・Aメタルが人気を得ていた。どのバンドも化粧をし、テクニックは抜群。下手な80年代ハードロック・ヘヴィメタルもいたが、とにかくビジュアルを意識しておりお化粧するバンドが多かったです。

 L・Aメタルに対抗するようにブリティッシュハードロック・ヘヴィメタルは硬派なバンドが多かったですが、とにかく派手。そしてやはりどのバンドもテクニックが半端なかった。



 そんな風潮に彗星の如く現れたのがカートコバーン率いる「ニルバーナ」だった。「ニルバーナ」が商業的な成功を収める前からあまり装飾しないハードロック・ヘヴィメタルでもなく、パンクでもないラウドなバンドや明らかに80年代のハードロック・ヘヴィメタルではない、むしろこの時代の浮かれた音楽を否定するミュージシャンが多く出てきた。

 音の内容については70年代パンクやガレージバンドを基本としたようなラウドなバンド、その代表格が「ニルバーナ」だったのではないでしょうか。

 リリースしたアルバムは3枚、ブリーチ』 - BLEACH (1989) 最高位7位、2xプラチナム(UK)
、『ネヴァーマインド』 - NEVERMIND (1991)、『イン・ユーテロ』 - IN UTERO(1993) 最高位1位、5xプラチナム(U.S.) 最高位1位、ゴールド(UK)

 ネヴァーマインドというアルバムが何故ここまで売れたのかは時代という他ない。もちろんアルバムの内容はかなりイイ。

 でも所詮、商業的に練り直されたアルバムと言える。

 本当の「ニルバーナ」は1stアルバム「BLEACH」を聞けばグランジの全てが分かる。



 とにかくかっこいいアルバムと言える。



 一般受けしないラウドでダークな曲調ですね。



 ネバーマインドもラウドでダークなんですが、幾分聴きやすくなっていますね。

 「ニルバーナ」登場以前からグランジ・オルタナティヴシーンは盛り上がりを見せていたのですが、ニルバーナ以前にシーンを牽引していたニューヨークのバンドあります。

 Sonic Youthというバンドです。

 初めて彼らをみたのは大阪のフェスティバルホールでした。

 しかも音楽関係者にチケットが回ってきたのですが、オープニングアクトにボアダムスというキャスティングで、これもまた衝撃的な忘れられないライヴでした。









【SKINからのお知らせ】

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[2019年12月08日09時31分42秒]
1980年12月8日  John lennon 墜つ


1980年12月8日  John lennon 墜つ

(ライターFT)

ジョン・ウィンストン・オノ・レノン (John Winston Ono Lennon、1940年10月9日 - 1980年12月8日)  

 ビートルズを立ち上げたリーダーであるほか、ポール・マッカートニーと「レノン=マッカートニー」としてソングライティングチームを組み、多くの楽曲を製作しメイン・ヴォーカルを務めた。1970年のビートルズ解散後はアメリカをおもな活動拠点とし、ソロとして、また妻で芸術家の小野洋子とともに平和運動家としても活動した。1975年から約5年間音楽活動を休止したあと1980年に活動を再開するも、同年12月8日(月)23時ごろ(米国東部時間)にニューヨークの自宅アパート「ダコタ・ハウス」前においてファンを名乗る男性に射殺された。

🌟ジョン・レノン




 私が14歳の時、音楽を知り、ビートルズを知り、ジョンに傾倒し出した頃にこの事件は起こりました。

 ジョンが亡くなって39年も経つ。



 ジョンがこの曲に込めた想いはまだだけど、だから彼の命日にはこの曲をみんなで聴きたい。

 ジョンは永遠です。











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[2019年03月24日00時00分00秒]
PUNK ROCKは最高! まとめ

世界3大パンクバンド(ロンドン3大パンク)

 パンクロックといえば皆さんは何を思い浮かべます?

 パンクという言葉を聞くとクラッシュやピストルズ、ジェネレーションX、ダムドなんかを思い浮かべてしまいます。
 
(ライターFT)

PUNK ROCKは最高!


 70年代のパンクは今でもたまに聴いています。なぜか無性に聴きたくなる時があります。特にダムドとピストルズ、クラッシュなどが無性に聴きたくなります。よくよく考えてみればこの3つのバンドは興行的にも成功したパンクバンドで、ロンドン3大パンクバンドと呼ばれていたようです。



 今でも変わらずカッコいい!



 でもこのダムド、日本では今イチ知名度がありません。

 パンクが衰退する頃にようやくファーストアルバムが日本でリリースされたとかが原因のようです。

 パンクの定義って一体何でしょう?

 実はイギリス発(ロンドン)だと思っていたのですが産声を上げたのはウィキペディアによるとアメリカのようです。この頃のRockは50年代から進化し演奏技術が格段にアップしティーンエイジャー達がコピーするのが難しかったという時代背景が考えられます。

 パンクの定義はスリーコードを基本としたロックンロールでブルージーさを払拭した音楽性と言える。60年代から70年代のThe Whoやストーンズなどはブルースの影響が強いがパンクと呼ばれる音楽は基本的にブルースの影響はその音楽性には皆無と言える。

 歌詞等のメッセージ性も様々、ピストルズなどは政治的思想なんかも取り上げていました。有名な所で「アァ〜〜イアムぁ〜〜アンチ、クライストッ」のような歌詞があったりします(笑

 反社会性をテーマに当時の若者に訴えたのが受けたのでしょう。

 しかしダムドは中でも反社会性を訴えた歌詞が少ないのが特徴、ここがまたカッコいい。

彼女はあいつと付き合うつもりなのか

自分の中のこの感じ 嵐の海みたいにおかしな感じ どうしてだか分からない、どうしてだか分からない

しょうがねえなあ

新しい薔薇を手に入れた 最高の女 まあいずれそうなるだろうと分かってたけど

いろいろと試してみずにはいられない 街にやってきた新しい薔薇

太陽が輝く 近づきすぎるなよ、目を火傷するぜ 逃げたりしないで また戻ってこいよ

こんなこと、俺にもあるなんて考えなかった 現実じゃないはずだ 分不相応だ

手遅れになる前に逃げた方がいい



 ダムドのVo,デイヴ•ヴァニアンは何故か墓堀人というコスでステージに立っている。

 反社会性を感じさせる歌詞ではなく恋の歌詞、最高!

俺はチケットになるぜ
お前が俺のコレクターなら
俺はキップを持っている
お前が俺の車掌なら
俺は手荷物になるぜ
お前がポーターならば
俺は小包になる
お前が俺の仕分け係なら

そら
ただお前のため、これが恋唄だ
ただお前のため、これが恋唄だ
口に出すのが嬉しくてたまんねェや
そりゃもう最高の日
まったくOK


俺は手紙になる
お前は警備員だ
俺はインクだ
お前の定期券の
俺はゴミ
お前はゴミ箱
俺は署名入り名筆
お前が文鎮なら

ただお前のため、これが恋唄だ
ただお前のため、これが恋唄だ
口に出すのが嬉しくてたまんねェや
そりゃもう最高の日
まったくOK


ばうばう

うぎいぼえば

ギタア

そりゃお前のため、これが恋唄だ
ただお前のため、これが恋唄だ
口に出すのが嬉しくてたまんねェや
そりゃもう最高の日
まったくOK

まったくOK

まったくOK

 きっとおバカさんなバンドなんですね。でもこんなおバカなバンドって大好きです(笑

 この頃のパンクと言えば世間への激しい不満や醜さをストレートに表現し当時の若者にブレイクしたのがパンクを語る上では欠かせないです。それも認めますし必要だったんでしょう。

 しかしダムドのこの能天気さとストレートさは何とも素敵でカッコいいと思いませんか?

(ライターFT)

PUNK ROCKは最高!2


 パンクっていいですね。圧倒的なパワーを感じますね。特にダムドなんかはなんで墓堀人?ヴァンパイアじゃないの?ってな感じで大好きです(笑

 さて、Generation Xも70年代を代表するパンクバンドと言えます。

 あのビリー•アイドルのバンドです。ちょっとビジュアル的に洗練されたパンクバンドっぽいでしょ。80年代にビリー•アイドルはソロでもヒットを飛ばしましたが80年代もかっこ良かったですね。



 80年代のビリーのヒット曲ですね。

 あの美川憲一のような口元が素敵ですね(笑

 実はこの80年代のビリーのヒット曲、あの坂上 忍がカヴァーしてるんです(笑



 寒気がしますね(笑

 でも一生懸命頑張ってますね。

 ちょっと興行的に狙った感が否めませんがビリー•アイドルがいいですね。バンド後期はパンクと言うよりもハードロック的な音楽性に変化してきたとも言えます。



 でもやはり初期のGeneration Xがいいですね。

 

 ピストルズが初TV出演したときの貴重な映像がYoutubeにアップされていました。

 動画にもあるようにピストルズが世に出た時の衝撃を主演者がコメントしていますね。

 TV初出演時はベースのシド•ビシャスがプレイしていませんでした。グレン•マトロックというベーシストでした。上の動画は多分、グレンがメンバーだった頃だと思われます。

 とにかくピストルズといえばシドなんですね。

 パンクと言えばまず最初にイメージするのがシド•ヴィシャスではないでしょうか?実はベースを弾いた事がなかったというのも有名な話で、彼は重度のヘロインアディクションで21歳の若さでヘロインのオーヴァードーズでこの世を去ります。

 シドはピストルズのファンでライヴ会場で暴れまくっていた話も有名、ダムドのフロントマンのオーディション最終選考まで残ったシド、オーディション当日に寝坊してしまいます。もしかしたらシドはダムドのヴォーカルとして活躍したかも知れない。

 ピストルズ解散後、シドはソロでシングルをリリースする。



 実はこの動画、シドのソロ転向後初のTV出演の様子になる。

半分くらいは俺がグループの中で一番役立たずのオマンコ野郎だと思うことがあるよ。
俺は確かにバンドの中では最低のミュージシャンだ。
でもバンドが当初目指していたものを体現しているのは俺だけだと思う。” 

 シドの名言です。

 シドってどうしようもないくらいのヘロインアディクションでド変態だったんです。





 シドの彼女、ナンシー•スパンゲン、シドに殺されちゃいます。



 興味のある人は「シド&ナンシー」をご覧下さい。とてもいい映画です。主演のゲイリーオールドマンがシドに見えてきます。



 パンクって本当にいいですね(笑

パンクの父、マルコム・マクラーレンが遺したもの

 パンクという音楽ジャンルを作り上げたマルコム•マクラーレン、ちょいとお洒落な人物でもある。


 
(ライターFT)

パンクは仕掛けられた音楽だった!


 マルコム•マクラーレンはピストルズやニューヨーク•ドールズのプロデューサー、ファッションデザイナーなどのマルチなアーティストでもある。2010年に亡くなっている。

 マルコムはパンクの父と呼ばれ、イギリスのパンクムーヴメントの立役者と言われている。ヒッピーが嫌いだったらしい。



 アメリカ、ニューヨークで活動していたバンド、パンクというよりもグラムロック色が強い。このバンドに惚れ込んだパンクの父はマネージャーを買って出る。しかしアルバム2枚をリリース後に解散しマルコムはイギリスに戻りピストルズをプロデュースしパンクムーヴメントとなる。

 簡単な説明で申し訳ないがマルコムがパンクの父と言われた経緯になります。

 奥さんはあの有名なヴィヴィアン•ウエストウッド、70年代はパンクの女王と呼ばれた。



 まぁ、人気ブランドで日本でも芸能人なんかが大好きなブランドで有名。最近では何とか細胞の小保方晴子さんも愛用者だとか。



 ヴィヴィアン本人でお洒落でキュートなおばさんです。

マルコムとヴィヴィアン、この二人が出会いパンクという音楽とファッションが確立されたと言っていい。ファッションと音楽の関係性を確立した二人とも言え、この功績は大きい。お互いにいい影響を与え合った二人でそこにはある計算があったはずだ。

 1960年代後半から1970年代にかけてのヒッピ−文化を否定した彼ら、1972年にはイギリス、ロンドンであるブティックをオープンさせる。

 「Too Fast to Live, too Young to Die」(生きるには早すぎ、死ぬには若すぎる)

 それから2年後、マルコムは「SEX」というブティックを始めます。

 このマルコムが営むブティックの常連客だったのがピストルズのジョニー•ロットンやシドだった。ジョニーとシドは服飾関係の専門学生だった。前衛的で反抗的なパンクファッションは瞬く間に当時の若者達に受け入れられることになる。

 マルコムは「いつも敗者にセクシーさを感じた」と言っており独特のセンスがその思想を際立たせた。

 パンクは仕掛けられたものだったのかも知れない。

 マルコムがいなかったらパンクというスタイルが確立しなかったかも知れない。









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[2018年12月13日00時00分00秒]
カヴァーソングが上手いシンガー 注目の二人



(ライターFT)

カヴァーソングが上手いシンガー ジョシュ・ターナー


 Youtubeを誰もが使えるようになり、カヴァーソングをかなりうまく自分の物にしているシンガーがとてもたくさんいますね。今日は中でも一品のカヴァーシンガーをご紹介してみたいと思います。

 Josh Turner GuitarというYotubeチャンネルを運営している海外のYouTuberですが、二人のデュオです。ギターも歌もかなりいいです。



 The BeatlesのWhitealbumに収録されているMartha My Dearという曲です。



 Martha My Dearのオリジナルはこちらです。



 いい曲ですね。

 ポール・マッカートニーがボーカルを取っている曲です。

 オリジナルを踏襲し、アレンジはバンジョーでうまく表現していますね。

 彼らはギターだけでなくドラムなど、他の楽器もしています。

 ビートルズだけではなく色々なアーティストをカヴァーしています。大好きでいつもみている人たちです。

 とにかくギターが上手い。そして彼らが選ぶ選曲がどれもいいのです。



 David Bowieもカヴァーですが、アレンジもとてもいいですね。



 こちらはオリジナルですが、彼らはカントリーをオリジナルにしているようですね。



 多くの人とコラボしたり、素敵なミュージシャンです。

(ライターFT)

カヴァーソングが上手いシンガー 古澤剛 Takeshi Furusawa


 日本でも凄いミュージシャンがYoutubeで発見しました。実はかなり前から彼の存在は知っていたのですが、もう、かなり歌もギターも上手い。一番ビックリしたのが、ジョン・メイヤーのネオンという曲をカヴァーしているのを見つけたときです。

 それがコレです。



 動画を見ていても彼のギターテクニックがハンパないということは理解できるでしょう。スラップ奏法を完璧にこなしながら歌もいいんです。シビれました。

 色々と調べると、ウィキペディアにも掲載されていました。

 インディーズではアルバムもリリースしている実力派シンガーです。



 オアシスのこの曲はオリジナルより聴いていて気持ちいいですね。

 コブクロの小渕さんと親交が深いみたいですね。

 オリジナルもリリースしていますね。





 オリジナルもいいですね。

 今後、注目のシンガーですね。









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