浪曲といえば広沢虎造『清水次郎長伝』が面白いのですが、それはまたにしてチュロスのおもしろ浪曲100選の記念すべき第一回は「壺坂霊験記」。
壷阪寺に伝わる目の不自由なサワイチ開眼のはなし。
(ライター:チュロス)
頃は6月なかどころ、夏とはいえど片田舎、木立の森もいと涼し
小田の早苗も青々と、かわずの鳴く声どこかしこ、聞くも涙の夫婦連れ
妻は夫を労わりつ、夫は妻に慕いつつ壺坂寺へ
持っていた杖を離すとサワイチはみぞおちを押さえると
「あー痛たたた!」
「サワイチさん、どごが痛とうござんす、心を確かに持たしゃんせ!」
背中をさすられ顔を上げ
「一日も早ようこの眼を開けて頂きたいばっかりに、歩みなれない山道を急に急いで登ったせいか、下腹からみぞおちへキツくさしこんでなりませんのじゃ」
「それはえらい事でござんす、キツく悪くなってはならぬゆえ、いっそお山を下りましょうか?」
「何を言やるのじゃ、この差込がモトでお山で命を捨てるとも、
ご利益で片目だけでも治していただけるまではココ一寸も動きはせぬ!」
「えらい無理を言うてすまぬが、これから一走り家にもどり、お仏壇の引き出しにあるワシの薬を取ってきてはくれぬか」
「そんならこらから一走り急いで家へもどってきますけど、この岩に腰をかけて、サトが戻るまで動いてくださるなや」
「この山は険しい山道で谷の深さは10畳あまり、足滑らせて落ちたなら命はありませんぞえ」
「そなたに手を引いてもらえねば一寸先へも動けぬ目くら、すまんが、早よう行ってくだされ」
「ほんなら急いで行ってきますよってに」
私はシャクでも何でもない、シャクじゃと言って家に戻さねばそなたは帰りはせぬ、
ウソを言うてすまんけど、そなたを戻したその後は、谷へ身を投げて私は命を捨てる心。
なぜかと言えば
「ワシの様な不自由モノがいつまでも生きながらへておりましたら、
世間の人様からお里は器量よしじゃ美人じゃと、
褒めていただけるそなたが目くらの女房じゃと
後ろ指をさされ陰口言われてこの世を送らねばなりません。
それが不憫ゆえ死んでゆきます」
「私が冥土へ行ったその後はタダ一心に観音様へお願いし、ありがたいご利益を頂いて
楽しいこの世を送ってくだされ」
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と念じ終わって谷へ歩みだす盲人。
羽織をたたんで岩の上にそっと置くとサワイチは谷へと身を投げた…
つづくかも