クラッシンック•コミックの名作を探れ!2 :: デイリーSKIN

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[2016年12月14日00時00分00秒]
クラッシンック•コミックの名作を探れ!2

ボーダー 1 デラックス版 (アクションコミックス)
 

 
(ライターFT)

クラッシンック•コミックの名作を探れ!2




 このマンガが好きになった理由の一つとして、社会の仕組みにに捕われない主人公の生き方に共感したのかも知れない。破天荒そのものの蜂須賀の行動は、こっけいで格好わるい。筋も通っていなかったり気分次第でわめき散らすは、泣き喚くわの何ともつかみ所のない蜂須賀の行動に目が離せない。蜂須賀に大きな期待を寄せてしまう読者は、常に蜂須賀の行動に空振りさせられてしまう。



 「無為こそが過激。なにもしないでブラブラしているのがホントは一番チカラ技なのさ」
「おまえは評論家か?評論家は男のオバサンだぞ」
「この悲しみが狂気に変わらないうちに俺は旅に出る」
「魂は伝達可能だ、それだけは信じている」
「極貧と無限大は等しいってことさ、どちらも消費からスポイルされる」
「この人間交差点野郎が!」
「コンビニの余りモノだ、涙ぐむほどのもんかよ」
「俺は二人同時に求愛したんだ。そして俺は世間から気違い扱いされた」
「夢とロマンを探す思いに駆られて、男は一生フラフラ迷走しなきゃならねえんだ」


レトロな漫画blog より抜粋

 蜂須賀の名言はこれだけではない。

 彼の行動に常にがっかりさせられる読者は、たまに蜂須賀が放つ言葉に魅了されてしまう。

 このマンガの意図は価値観をどのように感じ取るのかに尽きると思います、蜂須賀は世の中の常識やトレンドを自分の価値観として生きている多くの人、つまり大衆を「あちら側」と呼んでいます。当時はバブル真っ盛りの浮かれた世の中でした。時は移り変わり、浮かれた世相ではなくなりましたが、蜂須賀の言う「あちら側」の価値観の人達は未だに健在で、誰もが未だに社会に適合しようとしています。主人公、蜂須賀は絶対に「あちら側」にはなびかない、そこだけは筋を通している。



 原作者がボブ•マーレイやブルーハーツに魂を感じており、そこに体制に対してのささやかな抵抗をし続ける主人公蜂須賀の生き方は、蜂須賀と同様、反体制側の人にとってはバイブルになる。

 「あちら側」と「こちら側」、そしてその境界線上にいる蜂須賀と久保田、木村の3人の主人公はいつも中途半端な境界線上(ボーダー)にスタンスを取る。

 中途半端な生き方をあえてしているのか、それしか出来ないのかは読む人の気持ちと感性でいい。

 とにかく楽しめる痛快とはいかない名作です。











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