1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 衝撃のボアダムズ、sonic youth :: 1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 何でもグランジ、オルタナティヴは違う! :: 1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 その変遷 まとめ :: 女王蜂 アバンギャルドでアブノーマル、才能の塊 :: いい音楽を聴こう サム・クック :: いい音楽を聴こう ダニー・ボイル監督作品「イエスタディ」 :: いい音楽を聴こう まとめ :: デイリーSKIN

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[2020年07月27日00時00分00秒]
いい音楽を聴こう まとめ


いい音楽を聴こう サム・クック

(ライターFT)

サム・クック 

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 サム・クック(Sam Cooke、1931年1月22日 - 1964年12月11日)は、アメリカのソウル歌手、ゴスペル歌手、ミュージシャン。

 ミシシッピ州クラークスデイル生まれ。後に家族とともにシカゴに移住。父親は牧師であり、幼い頃から聖歌隊で歌う。19歳のときにゴスペル・グループのソウル・スターラーズのリードボーカルとなり、端正なルックスでゴスペル界ではアイドル的人気を博した。

 1957年にソロ歌手としてR&Bに転向し、「ユー・センド・ミー」がヒット。これをきっかけにR&B界で数々のヒットを飛ばし、発展目覚ましかったソウル/R&B界のスターとなる。

 それまでの黒人歌手のスタイルとは一線を画した洗練された音楽性で、声の良さと歌唱力もさることながら、「クック調」と呼ばれる鼻にかかった歌い方は白人にも高く評価され、後世に大きな影響を与えた。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 特に音楽のジャンルでR&Bやゴスペルが好きというわけでもないのですが、サム・クックがとても聴きたくなる時があります。

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 1964年12月11日、クックはロサンゼルスのハリウッドにある酒場で知り合った女性を「別の店へ行こう」と誘い出し、そのままイタリア製の高級スポーツカーでサウスセントラル地区にあるモーテルにチェックインした。

 酒場ではなくモーテルに入った事に驚いた女性はクックがシャワーを浴びている間に、追われないようにと服を隠した上で部屋を飛び出した。

 シャワーから出たクックは居なくなった女性を探し、全裸にジャケットと靴だけを身につけてモーテルの管理人室へ押しかけた。

 この時泥酔した状態で、管理人の女性に掴みかかるなど激しい剣幕であったため、身の危険を感じた管理人が発砲、クックは胸部に銃弾を受け死亡した。その後の裁判では正当防衛と認定され、管理人は無罪となったが、その死をめぐっては後に多くの疑問が呈された。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 既に没後50年以上経っている。

 それでも彼の音楽的なセンス、歌声は人々を魅了してやまない。

 33歳といいう年齢で安モーテルで射殺されるという最後、サムが黒人でなければ射殺されなかっただろう。



 1960年代のアメリカは公民権運動が始まった年代。特にアフリカ系米国人は非暴力的直接行動に打ち込む時代に突入し、平和的な対決による改革を求めた時代です。

 アフリカ系米国人の大学生らが、ウールワース(大手小売チェーン・ストア)の白人専用のランチ・カウンターに座り、拒否されてもそのまま居すわったリト、マスコミの注目を集め、同様の座り込み運動が南部各地に広がった時代になります。



 現在でも黒人差別問題ではアメリカから世界に広がりを見せているが、60年代はアフリカ系アメリカ人たちがさらに運動を強化していたという時代背景があります。

 ソウル・スターラーズとういうTOPクラスのゴスペル・カルテットの二代目リードを務めてゴスペル界で頂点を登りつめた後に、R&B・ポップ・スターに転身してこれも大成功、こんな時代にサムは頂点を極めていたのです。



 上質ないい音楽です。


いい音楽を聴こう ダニー・ボイル監督作品「イエスタディ」

(ライターFT)

イエスタデイ (2019年の映画) 

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 『イエスタデイ』(原題:英語: Yesterday)は、2019年のイギリスのファンタジー・コメディ映画。監督はダニー・ボイル、出演はヒメーシュ・パテル(英語版)とリリー・ジェームズなど。

 ビートルズが消えてしまった世界で、唯一その曲を知る存在となった1人のシンガー・ソングライターの活躍を、ビートルズの名曲の数々に乗せて描く。

 イギリスの小さな海辺の町に住む青年ジャックは、音楽教師の仕事を辞め幼なじみで中学校の数学教師をしている親友エリーから(マネージャー兼ドライバーとして)献身的に支えられ、ディスカウントストアの店員としてアルバイトをしつつシンガー・ソングライターとして活動しているが、鳴かず飛ばずで全く売れず夢を諦めかけていた。

 そんなある日、世界規模で12秒間の停電が発生。その時自転車に乗って帰宅途中だったジャックはバスに撥ねられる交通事故に遭い、昏睡状態に陥り入院する。退院後、快気祝いで集まった友人に新しいアコースティック・ギターを渡され、ジャックはビートルズの「イエスタデイ」を聴かせる。
align='right'

 友人達は演奏に魅了され、ジャックに「その曲、いつ作ったの?」と尋ねる。ジャックは「ポール・マッカートニーが作ったビートルズの曲だよ。」と答えるが、友人たちはまったく知らない様子。

 異変に気がついたジャックは、帰宅後インターネットで「ビートルズ」を検索。しかし、ビートルズに関する情報は全くヒットしない。ここで世界は史上最も有名なはずのバンド「ビートルズ」が存在しないことになっており、彼らの名曲を覚えているのは、世界でジャック唯一人だけであることに気づく。ジャックはこれを利用して、ビートルズの曲を歌って成り上がろうとする。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 主人公はヒメーシュ・パテルという1990年生まれでイギリス出身。

 彼のルーツはインド、17歳でイギリスのTV番組に出演し、イギリス国内での知名度はそこそこあり、ダニー・ボイルに認められ「イエスタデイ」の主人公役に大抜擢される。



 いい声していますね。

 この映画、エド・シーランも出演しています。

 ビートルズのヒットナンバーのリメイクカヴァーが新鮮でいいですね。



 特に目新しさはないのですが、ヒメーシュの素朴な声が心地いいですね。

 映画もチェックですが、サントラもオススメの良質な音楽ですね。

 素朴な音楽に触れたいと考えている人は是非。



 リズム隊がメロコア風のアップテンポでいいアレンジ。



 しっとりいいですね。









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[2020年07月26日00時00分00秒]
いい音楽を聴こう ダニー・ボイル監督作品「イエスタディ」


いい音楽を聴こう ダニー・ボイル監督作品「イエスタディ」

(ライターFT)

イエスタデイ (2019年の映画) 

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 『イエスタデイ』(原題:英語: Yesterday)は、2019年のイギリスのファンタジー・コメディ映画。監督はダニー・ボイル、出演はヒメーシュ・パテル(英語版)とリリー・ジェームズなど。

 ビートルズが消えてしまった世界で、唯一その曲を知る存在となった1人のシンガー・ソングライターの活躍を、ビートルズの名曲の数々に乗せて描く。

 イギリスの小さな海辺の町に住む青年ジャックは、音楽教師の仕事を辞め幼なじみで中学校の数学教師をしている親友エリーから(マネージャー兼ドライバーとして)献身的に支えられ、ディスカウントストアの店員としてアルバイトをしつつシンガー・ソングライターとして活動しているが、鳴かず飛ばずで全く売れず夢を諦めかけていた。

 そんなある日、世界規模で12秒間の停電が発生。その時自転車に乗って帰宅途中だったジャックはバスに撥ねられる交通事故に遭い、昏睡状態に陥り入院する。退院後、快気祝いで集まった友人に新しいアコースティック・ギターを渡され、ジャックはビートルズの「イエスタデイ」を聴かせる。
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 友人達は演奏に魅了され、ジャックに「その曲、いつ作ったの?」と尋ねる。ジャックは「ポール・マッカートニーが作ったビートルズの曲だよ。」と答えるが、友人たちはまったく知らない様子。

 異変に気がついたジャックは、帰宅後インターネットで「ビートルズ」を検索。しかし、ビートルズに関する情報は全くヒットしない。ここで世界は史上最も有名なはずのバンド「ビートルズ」が存在しないことになっており、彼らの名曲を覚えているのは、世界でジャック唯一人だけであることに気づく。ジャックはこれを利用して、ビートルズの曲を歌って成り上がろうとする。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 主人公はヒメーシュ・パテルという1990年生まれでイギリス出身。

 彼のルーツはインド、17歳でイギリスのTV番組に出演し、イギリス国内での知名度はそこそこあり、ダニー・ボイルに認められ「イエスタデイ」の主人公役に大抜擢される。



 いい声していますね。

 この映画、エド・シーランも出演しています。

 ビートルズのヒットナンバーのリメイクカヴァーが新鮮でいいですね。



 特に目新しさはないのですが、ヒメーシュの素朴な声が心地いいですね。

 映画もチェックですが、サントラもオススメの良質な音楽ですね。

 素朴な音楽に触れたいと考えている人は是非。



 リズム隊がメロコア風のアップテンポでいいアレンジ。



 しっとりいいですね。









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[2020年07月25日00時00分00秒]
いい音楽を聴こう サム・クック


いい音楽を聴こう サム・クック

(ライターFT)

サム・クック 

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 サム・クック(Sam Cooke、1931年1月22日 - 1964年12月11日)は、アメリカのソウル歌手、ゴスペル歌手、ミュージシャン。

 ミシシッピ州クラークスデイル生まれ。後に家族とともにシカゴに移住。父親は牧師であり、幼い頃から聖歌隊で歌う。19歳のときにゴスペル・グループのソウル・スターラーズのリードボーカルとなり、端正なルックスでゴスペル界ではアイドル的人気を博した。

 1957年にソロ歌手としてR&Bに転向し、「ユー・センド・ミー」がヒット。これをきっかけにR&B界で数々のヒットを飛ばし、発展目覚ましかったソウル/R&B界のスターとなる。

 それまでの黒人歌手のスタイルとは一線を画した洗練された音楽性で、声の良さと歌唱力もさることながら、「クック調」と呼ばれる鼻にかかった歌い方は白人にも高く評価され、後世に大きな影響を与えた。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 特に音楽のジャンルでR&Bやゴスペルが好きというわけでもないのですが、サム・クックがとても聴きたくなる時があります。

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 1964年12月11日、クックはロサンゼルスのハリウッドにある酒場で知り合った女性を「別の店へ行こう」と誘い出し、そのままイタリア製の高級スポーツカーでサウスセントラル地区にあるモーテルにチェックインした。

 酒場ではなくモーテルに入った事に驚いた女性はクックがシャワーを浴びている間に、追われないようにと服を隠した上で部屋を飛び出した。

 シャワーから出たクックは居なくなった女性を探し、全裸にジャケットと靴だけを身につけてモーテルの管理人室へ押しかけた。

 この時泥酔した状態で、管理人の女性に掴みかかるなど激しい剣幕であったため、身の危険を感じた管理人が発砲、クックは胸部に銃弾を受け死亡した。その後の裁判では正当防衛と認定され、管理人は無罪となったが、その死をめぐっては後に多くの疑問が呈された。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 既に没後50年以上経っている。

 それでも彼の音楽的なセンス、歌声は人々を魅了してやまない。

 33歳といいう年齢で安モーテルで射殺されるという最後、サムが黒人でなければ射殺されなかっただろう。



 1960年代のアメリカは公民権運動が始まった年代。特にアフリカ系米国人は非暴力的直接行動に打ち込む時代に突入し、平和的な対決による改革を求めた時代です。

 アフリカ系米国人の大学生らが、ウールワース(大手小売チェーン・ストア)の白人専用のランチ・カウンターに座り、拒否されてもそのまま居すわったリト、マスコミの注目を集め、同様の座り込み運動が南部各地に広がった時代になります。



 現在でも黒人差別問題ではアメリカから世界に広がりを見せているが、60年代はアフリカ系アメリカ人たちがさらに運動を強化していたという時代背景があります。

 ソウル・スターラーズとういうTOPクラスのゴスペル・カルテットの二代目リードを務めてゴスペル界で頂点を登りつめた後に、R&B・ポップ・スターに転身してこれも大成功、こんな時代にサムは頂点を極めていたのです。



 上質ないい音楽です。









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[2020年03月08日00時00分00秒]
女王蜂 アバンギャルドでアブノーマル、才能の塊


女王蜂 アバンギャルドでアブノーマル、才能の塊

(ライターFT)

女王蜂(じょおうばち)は、日本の4人組ロックバンド。2009年に兵庫県神戸市で結成され、2011年にデビューした。
 

 2009年3月31日に兵庫県神戸市で、アヴちゃん、やしちゃん、ルリちゃんの3人で結成し、のちにギギちゃんが加入する。地元のライブハウスである「神戸マージービート」を中心に活動し、自主制作CD「姫様御乱心」「王族大逆鱗」を発表(現在は廃盤)。

 2010年3月31日には活動一周年を記念して初の単独自主企画「乱交風俗女王蜂」をマージービートで開催した。2010年7月、FUJI ROCK FESTIVAL 2010「ROOKIE A GO-GO」枠に選出。2010年9月に映像やファッション、ダンス、音楽やすべてのアートを取り入れた「美のテロ」を企画した。

 2011年2月に楽曲「フランス人形の呪い」をiTunes Storeで先行配信し、3月に初の全国流通盤となるアルバム『魔女狩り』をリリース。6月にSony Music Associated Recordsからメジャーデビューし、映画『モテキ』のテーマソングと出演バンドへ抜擢されたことを発表した。8月に第二回「美のテロ」を神戸スタークラブで開催。

 メンバーは全員、本名、生年、性別、国籍などもすべて未公表だが、2011年に書かれた一部記事に「まだ10代という噂もある」の記載があった[2]。楽曲、プロモーションビデオは一部職務を除きコンテ切りまで全て制作し、写真撮影時のメイク、スタイリングなど全てをメンバー本人が行い、アクセサリーも自作している。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 このバンドを知ったのはつい最近、娘がYoutubeで観ていたのがきっかけ。

 あまりの変態チックさとビジュアル、そしてボーカルのアヴちゃんの才能豊かな歌声に釘付けになっていました。



 娘が観ていたのがこの動画です。

 ファルセットの使い方やメロディの独創性、全てが新しい。そして美しい。普通ではない何かを感じました。

 実はすでに人気のバンドで、今まで知らなかったのが非常に残念です。



 Liveも圧巻です。

 すごいバンドです。









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[2020年01月09日00時00分00秒]
1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 その変遷 まとめ


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳

(ライターFT)

シアトルから生まれたグランジ・ミュージックの勃興の歴史とその影響 

 
 ニルヴァーナの代表的ヒット曲となった「Smells Like Teen Spirit」が1991年にリリースされた時、音楽業界は大きな衝撃を受けた。シンセサイザー、派手な髪型、過度なプロダクション技術に支配されて10年が経ったポピュラー・ミュージックを解放したのは、シアトル出身のアウトサイダー3人組で、彼らは‘グランジ・ミュージック’の先陣を切った。グランジとは、ロックン・ロールに何としてでも気骨を取り戻してみせる、という固い決意を持ったジャンルと言っていいだろう。

 ロック・ミュージックの歴史におけるグランジ・ミュージックは、チェック縞のシャツを着た若者たちが予期せぬ形で伝統的なロックン・ロールを救い、80年代のヘアメタル・バンドの息の根を止めたものとして語られ続けている。支持の高いこの仮説の中には真実も含まれており、グランジは90年代のオルタナティヴ・ロック大爆発の導火紙となったのも事実ではある。しかし、ハードでヘヴィながらも他とは一線を画したサウンドを持つグランジが商業的に大ヒットしたのは、1991年にリリースされたニルヴァーナの『Nevermind』 だ。その一方で、シアトル中心のムーヴメントの起源は80年代前半、アメリカのアンダーグラウンドなロック・シーンまで遡ることができる。

🌟シアトルから生まれたグランジ・ミュージックの勃興の歴史とその影響




 グランジ (Grunge) とは、ロック音楽のジャンルのひとつ。「汚れた」、「薄汚い」という意味の形容詞 "grungy" が名詞化した "grunge" が語源となります。

 80年代のハードロック・ヘヴィメタルシーンはテクニック至上主義と言える。

 80年代ハードロック・ヘヴィメタルではL・Aメタルが人気を得ていた。どのバンドも化粧をし、テクニックは抜群。下手な80年代ハードロック・ヘヴィメタルもいたが、とにかくビジュアルを意識しておりお化粧するバンドが多かったです。

 L・Aメタルに対抗するようにブリティッシュハードロック・ヘヴィメタルは硬派なバンドが多かったですが、とにかく派手。そしてやはりどのバンドもテクニックが半端なかった。



 そんな風潮に彗星の如く現れたのがカートコバーン率いる「ニルバーナ」だった。「ニルバーナ」が商業的な成功を収める前からあまり装飾しないハードロック・ヘヴィメタルでもなく、パンクでもないラウドなバンドや明らかに80年代のハードロック・ヘヴィメタルではない、むしろこの時代の浮かれた音楽を否定するミュージシャンが多く出てきた。

 音の内容については70年代パンクやガレージバンドを基本としたようなラウドなバンド、その代表格が「ニルバーナ」だったのではないでしょうか。

 リリースしたアルバムは3枚、ブリーチ』 - BLEACH (1989) 最高位7位、2xプラチナム(UK)
、『ネヴァーマインド』 - NEVERMIND (1991)、『イン・ユーテロ』 - IN UTERO(1993) 最高位1位、5xプラチナム(U.S.) 最高位1位、ゴールド(UK)

 ネヴァーマインドというアルバムが何故ここまで売れたのかは時代という他ない。もちろんアルバムの内容はかなりイイ。

 でも所詮、商業的に練り直されたアルバムと言える。

 本当の「ニルバーナ」は1stアルバム「BLEACH」を聞けばグランジの全てが分かる。



 とにかくかっこいいアルバムと言える。



 一般受けしないラウドでダークな曲調ですね。



 ネバーマインドもラウドでダークなんですが、幾分聴きやすくなっていますね。

 「ニルバーナ」登場以前からグランジ・オルタナティヴシーンは盛り上がりを見せていたのですが、ニルバーナ以前にシーンを牽引していたニューヨークのバンドあります。

 Sonic Youthというバンドです。

 初めて彼らをみたのは大阪のフェスティバルホールでした。

 しかも音楽関係者にチケットが回ってきたのですが、オープニングアクトにボアダムスというキャスティングで、これもまた衝撃的な忘れられないライヴでした。


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 衝撃のボアダムズ、sonic youth

(ライターFT)

オルタナティヴ・ロック 

 
 オルタナティヴ・ロック(Alternative Rock)は、ロックの一ジャンルである。日本ではオルタナティヴ、オルタナと略称されることが多い。

 オルタナティヴ(Alternative)とは、「もうひとつの選択、代わりとなる、代替手段」という意味の英語の形容詞。大手レコード会社主導の商業主義的な産業ロックやポピュラー音楽とは一線を画し、時代の流れに捕われない普遍的な価値を求める精神や、アンダーグラウンドの精神を持つ音楽シーンのことである。イギリス、アメリカだけでなく、世界の多くの国に存在する。

 ジャンル全体の傾向としては、1970年代後半の英米の産業ロックへの反発からくる、1960年代ロックへの回帰(音楽的のみならず、思想的にも)を志向しており、インディー・ロックの流れを汲む。

 オルタナティヴ・ロックに分類されるジャンルには、パンク・ロック、ハードコア・パンク、ノー・ウェイヴ、インダストリアル、エモ、グランジ、シューゲイザー、ノイズロック、ミクスチャー・ロック、ラップロック、ローファイ、ポスト・パンクなどがある。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 sonic youthのオープニングアクトとして大阪フェスティバルホールに出演していたボアダムスというバンド、1990年代後半から関西発、マニアックなバンドとしてですが、現在では世界的に有名なバンドになっている。

 私が彼らを初体験したのは、音楽関係者から回ってきったチケットでsonic youthの前座としてたまたまでした。

 ダブルボーカルにツインドラム、トランペットもいる編成だった。

 音楽性については体験してもらえばいいが、当時のサウンドを現在ライヴで体験することはできない。

 由緒正しい大阪フェスティバルホールでダイヴはするわ、マイクを口に突っ込んで叫んでいるわ、1990年代にノイズなんて聞いたことのないジャンルだったので、あまりに衝撃的で理解不能だった。その場でただ呆然と観ているだけで精一杯だった。

ボアダムス 

 メンバーそれぞれが突出した個性を持ち、特殊な音楽性であるため、メンバーの入れ替わり、バンド名の表記の変更などがごく当たり前のように何度か行われた。また、メンバーが個々にソロワーク、他のアーティストのコラボレーション等のサイドプロジェクトも熱心に行っており、関連ユニットの数は膨大な数に上る。 現在はV∞REDOMSという名義がよく知られ、2ドラムス+1DJというスタイルで音楽を披露している。
初期の音楽性はノイズ・ミュージックとハードコアを主体としたサウンドであったが、『SUPER GO』以降は民族音楽などを取り入れた太陽崇拝トランスへと大幅な転換をむかえる。 日本よりむしろ海外での評価が高く、ソニック・ユースやニルヴァーナ等の初期のグランジ勢から、ビースティ・ボーイズ、リチャード・D・ジェームス(エイフェックス・ツイン) まで、その交友関係は多岐に渡る。海外の音楽フェスティバルに招聘されることもある。

 2007年7月7日、ニューヨーク・ブルックリンズパークにてメンバーを含む77台のドラム,2008年8月8日、LAのLACMAで88台のドラムによるパフォーマンスを敢行した。ニューヨーク・タイムズ紙にも取り上げられている。77BOADRUMの模様はドキュメンタリー映画として製作・公開され、2008年11月にはライブの音を完全収録した2枚組みCD+ダイジェストDVDとして商品化された。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 とにかく強烈なインパクトだった。



 まさに初期のボアダムズの動画がありました。

 きっと海外でもこんなバンドはなかったのでしょう。

 1994年のロンドンライヴの熱狂っぷりは凄まじい映像ですね。



 こちらは2012年のライヴ映像です。



 こちらがニューヨークタイムズにも取り上げられたライヴ。

 言葉なんか要らない、ボアダムズの魅力ですね。


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 何でもグランジ、オルタナティヴは違う!

(ライターFT)

オルタナティヴとは、既存の商業ベースに捉われない“新しい価値観” 

 
 “グランジ”は若者のファッションにも大きな影響を与えた。パンクとグラム・ロックを混ぜ合わせてさらに上塗りを重ねたような、ハードロックのファッションやサウンドを、“けばい”、“ダサい”の象徴として化石扱いするような流れが生まれ、オーバーサイズの擦り切れたジーンズ、くたびれたTシャツやネルシャツが大流行。ここ日本でも一大古着ブームとなった。余談だが、破れたジーンズを部屋に置きっぱなしにしていたら、おばあちゃんに変なアップリケを付けられた、という話はいわゆる“あるある”だ(笑)。

 そういった流れがあって、現在一般的によく使われる“オルタナティヴ”という言葉は、1990年代以降のことを指す場合が多い。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやベック、ペイヴメントらはその代表的な存在。それ以前から活動していたREM、ソニック・ユース、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ビースティ・ボーイズらもまた新たに脚光を浴びることになった。

 彼らの作品を聴いたことがある人ならわかるように、“オルタナティヴ”は明確なサウンド・スタイルを示すものではない。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは強烈なインパクトを持ったギターサウンドやリフに、それまでのロックらしい歌メロではなく終始ラップが乗ったメッセージ性の強い音楽。ペイヴメントはそれと対極にあるような、ゆるい脱力系ポップ。ベックは曲単位、作品単位でぜんぜん色が違う。にもかかわらず、オルタナティヴという言葉は、さまざまな文献で頻繁に落としどころとして使われている。ゆえに、筆者も「オルタナ・バンドをいくつか聴いてみたものの、さっぱりわからないんですけど……」という質問をよく受ける。

🌟新時代のオルタナティヴ・ロック/グランジ。ニルヴァーナからミツキ、ニトロデイ、あっこゴリラまでを貫くプリミティヴなもの




 当時、レッド・ホットチリペッパーズまでがオルタナティヴ・ロックとジャンル分けされていました。確かにレッチリは既存の商業ベースに捉われない“新しい価値観”と言えるバンドだったが、完全にミクスチャーロックの基礎を固めた先進的な音楽性と言えるバンドだ。

 特にレッチリの母乳というアルバムから商業ベースに乗った良作のアルバムと言える。



 初代ギタリストのヒレルが亡くなってしまってからは、完全に商業ベースに乗ってしまった。

 もちろん、商業ベースに乗ったからといってレッチリが悪くなったのではなく、良くなった良い例と言える。しかし初期からのファンはきっとどこかで違うという気持ちがあったのだろう。

 特にオープニングの”good time boys”は完全にハードロック・ヘヴィメタル、ファンク、ヒップ・ホップなどの要素を織り込んだミクスチャーロックではないか。



 この曲を聴くとテンション上がりますね。

 グランジ、オルタナティヴ という言葉が世に手間って早30年。

 音楽の変遷はどうなったのか?

 とにかく若い世代が素晴らしい。



 AYNIW TEPO、アジアなどで活躍する奈良出身のバンドです。

 音楽っていいですね。









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1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 何でもグランジ、オルタナティヴは違う!


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 何でもグランジ、オルタナティヴは違う!

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オルタナティヴとは、既存の商業ベースに捉われない“新しい価値観” 

 
 “グランジ”は若者のファッションにも大きな影響を与えた。パンクとグラム・ロックを混ぜ合わせてさらに上塗りを重ねたような、ハードロックのファッションやサウンドを、“けばい”、“ダサい”の象徴として化石扱いするような流れが生まれ、オーバーサイズの擦り切れたジーンズ、くたびれたTシャツやネルシャツが大流行。ここ日本でも一大古着ブームとなった。余談だが、破れたジーンズを部屋に置きっぱなしにしていたら、おばあちゃんに変なアップリケを付けられた、という話はいわゆる“あるある”だ(笑)。

 そういった流れがあって、現在一般的によく使われる“オルタナティヴ”という言葉は、1990年代以降のことを指す場合が多い。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやベック、ペイヴメントらはその代表的な存在。それ以前から活動していたREM、ソニック・ユース、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ビースティ・ボーイズらもまた新たに脚光を浴びることになった。

 彼らの作品を聴いたことがある人ならわかるように、“オルタナティヴ”は明確なサウンド・スタイルを示すものではない。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは強烈なインパクトを持ったギターサウンドやリフに、それまでのロックらしい歌メロではなく終始ラップが乗ったメッセージ性の強い音楽。ペイヴメントはそれと対極にあるような、ゆるい脱力系ポップ。ベックは曲単位、作品単位でぜんぜん色が違う。にもかかわらず、オルタナティヴという言葉は、さまざまな文献で頻繁に落としどころとして使われている。ゆえに、筆者も「オルタナ・バンドをいくつか聴いてみたものの、さっぱりわからないんですけど……」という質問をよく受ける。

🌟新時代のオルタナティヴ・ロック/グランジ。ニルヴァーナからミツキ、ニトロデイ、あっこゴリラまでを貫くプリミティヴなもの




 当時、レッド・ホットチリペッパーズまでがオルタナティヴ・ロックとジャンル分けされていました。確かにレッチリは既存の商業ベースに捉われない“新しい価値観”と言えるバンドだったが、完全にミクスチャーロックの基礎を固めた先進的な音楽性と言えるバンドだ。

 特にレッチリの母乳というアルバムから商業ベースに乗った良作のアルバムと言える。



 初代ギタリストのヒレルが亡くなってしまってからは、完全に商業ベースに乗ってしまった。

 もちろん、商業ベースに乗ったからといってレッチリが悪くなったのではなく、良くなった良い例と言える。しかし初期からのファンはきっとどこかで違うという気持ちがあったのだろう。

 特にオープニングの”good time boys”は完全にハードロック・ヘヴィメタル、ファンク、ヒップ・ホップなどの要素を織り込んだミクスチャーロックではないか。



 この曲を聴くとテンション上がりますね。

 グランジ、オルタナティヴ という言葉が世に手間って早30年。

 音楽の変遷はどうなったのか?

 とにかく若い世代が素晴らしい。



 AYNIW TEPO、アジアなどで活躍する奈良出身のバンドです。

 音楽っていいですね。









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1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 衝撃のボアダムズ、sonic youth


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 衝撃のボアダムズ、sonic youth

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オルタナティヴ・ロック 

 
 オルタナティヴ・ロック(Alternative Rock)は、ロックの一ジャンルである。日本ではオルタナティヴ、オルタナと略称されることが多い。

 オルタナティヴ(Alternative)とは、「もうひとつの選択、代わりとなる、代替手段」という意味の英語の形容詞。大手レコード会社主導の商業主義的な産業ロックやポピュラー音楽とは一線を画し、時代の流れに捕われない普遍的な価値を求める精神や、アンダーグラウンドの精神を持つ音楽シーンのことである。イギリス、アメリカだけでなく、世界の多くの国に存在する。

 ジャンル全体の傾向としては、1970年代後半の英米の産業ロックへの反発からくる、1960年代ロックへの回帰(音楽的のみならず、思想的にも)を志向しており、インディー・ロックの流れを汲む。

 オルタナティヴ・ロックに分類されるジャンルには、パンク・ロック、ハードコア・パンク、ノー・ウェイヴ、インダストリアル、エモ、グランジ、シューゲイザー、ノイズロック、ミクスチャー・ロック、ラップロック、ローファイ、ポスト・パンクなどがある。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 sonic youthのオープニングアクトとして大阪フェスティバルホールに出演していたボアダムスというバンド、1990年代後半から関西発、マニアックなバンドとしてですが、現在では世界的に有名なバンドになっている。

 私が彼らを初体験したのは、音楽関係者から回ってきったチケットでsonic youthの前座としてたまたまでした。

 ダブルボーカルにツインドラム、トランペットもいる編成だった。

 音楽性については体験してもらえばいいが、当時のサウンドを現在ライヴで体験することはできない。

 由緒正しい大阪フェスティバルホールでダイヴはするわ、マイクを口に突っ込んで叫んでいるわ、1990年代にノイズなんて聞いたことのないジャンルだったので、あまりに衝撃的で理解不能だった。その場でただ呆然と観ているだけで精一杯だった。

ボアダムス 

 メンバーそれぞれが突出した個性を持ち、特殊な音楽性であるため、メンバーの入れ替わり、バンド名の表記の変更などがごく当たり前のように何度か行われた。また、メンバーが個々にソロワーク、他のアーティストのコラボレーション等のサイドプロジェクトも熱心に行っており、関連ユニットの数は膨大な数に上る。 現在はV∞REDOMSという名義がよく知られ、2ドラムス+1DJというスタイルで音楽を披露している。
初期の音楽性はノイズ・ミュージックとハードコアを主体としたサウンドであったが、『SUPER GO』以降は民族音楽などを取り入れた太陽崇拝トランスへと大幅な転換をむかえる。 日本よりむしろ海外での評価が高く、ソニック・ユースやニルヴァーナ等の初期のグランジ勢から、ビースティ・ボーイズ、リチャード・D・ジェームス(エイフェックス・ツイン) まで、その交友関係は多岐に渡る。海外の音楽フェスティバルに招聘されることもある。

 2007年7月7日、ニューヨーク・ブルックリンズパークにてメンバーを含む77台のドラム,2008年8月8日、LAのLACMAで88台のドラムによるパフォーマンスを敢行した。ニューヨーク・タイムズ紙にも取り上げられている。77BOADRUMの模様はドキュメンタリー映画として製作・公開され、2008年11月にはライブの音を完全収録した2枚組みCD+ダイジェストDVDとして商品化された。

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 とにかく強烈なインパクトだった。



 まさに初期のボアダムズの動画がありました。

 きっと海外でもこんなバンドはなかったのでしょう。

 1994年のロンドンライヴの熱狂っぷりは凄まじい映像ですね。



 こちらは2012年のライヴ映像です。



 こちらがニューヨークタイムズにも取り上げられたライヴ。

 言葉なんか要らない、ボアダムズの魅力ですね。









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