1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳 :: デイリーSKIN

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[2020年01月06日00時00分00秒]
1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳


1990年代 グランジ・オルタナティヴミュージックと呼ばれる音楽が商業的な成功を収めた訳

(ライターFT)

シアトルから生まれたグランジ・ミュージックの勃興の歴史とその影響 

 
 ニルヴァーナの代表的ヒット曲となった「Smells Like Teen Spirit」が1991年にリリースされた時、音楽業界は大きな衝撃を受けた。シンセサイザー、派手な髪型、過度なプロダクション技術に支配されて10年が経ったポピュラー・ミュージックを解放したのは、シアトル出身のアウトサイダー3人組で、彼らは‘グランジ・ミュージック’の先陣を切った。グランジとは、ロックン・ロールに何としてでも気骨を取り戻してみせる、という固い決意を持ったジャンルと言っていいだろう。

 ロック・ミュージックの歴史におけるグランジ・ミュージックは、チェック縞のシャツを着た若者たちが予期せぬ形で伝統的なロックン・ロールを救い、80年代のヘアメタル・バンドの息の根を止めたものとして語られ続けている。支持の高いこの仮説の中には真実も含まれており、グランジは90年代のオルタナティヴ・ロック大爆発の導火紙となったのも事実ではある。しかし、ハードでヘヴィながらも他とは一線を画したサウンドを持つグランジが商業的に大ヒットしたのは、1991年にリリースされたニルヴァーナの『Nevermind』 だ。その一方で、シアトル中心のムーヴメントの起源は80年代前半、アメリカのアンダーグラウンドなロック・シーンまで遡ることができる。

🌟シアトルから生まれたグランジ・ミュージックの勃興の歴史とその影響




 グランジ (Grunge) とは、ロック音楽のジャンルのひとつ。「汚れた」、「薄汚い」という意味の形容詞 "grungy" が名詞化した "grunge" が語源となります。

 80年代のハードロック・ヘヴィメタルシーンはテクニック至上主義と言える。

 80年代ハードロック・ヘヴィメタルではL・Aメタルが人気を得ていた。どのバンドも化粧をし、テクニックは抜群。下手な80年代ハードロック・ヘヴィメタルもいたが、とにかくビジュアルを意識しておりお化粧するバンドが多かったです。

 L・Aメタルに対抗するようにブリティッシュハードロック・ヘヴィメタルは硬派なバンドが多かったですが、とにかく派手。そしてやはりどのバンドもテクニックが半端なかった。



 そんな風潮に彗星の如く現れたのがカートコバーン率いる「ニルバーナ」だった。「ニルバーナ」が商業的な成功を収める前からあまり装飾しないハードロック・ヘヴィメタルでもなく、パンクでもないラウドなバンドや明らかに80年代のハードロック・ヘヴィメタルではない、むしろこの時代の浮かれた音楽を否定するミュージシャンが多く出てきた。

 音の内容については70年代パンクやガレージバンドを基本としたようなラウドなバンド、その代表格が「ニルバーナ」だったのではないでしょうか。

 リリースしたアルバムは3枚、ブリーチ』 - BLEACH (1989) 最高位7位、2xプラチナム(UK)
、『ネヴァーマインド』 - NEVERMIND (1991)、『イン・ユーテロ』 - IN UTERO(1993) 最高位1位、5xプラチナム(U.S.) 最高位1位、ゴールド(UK)

 ネヴァーマインドというアルバムが何故ここまで売れたのかは時代という他ない。もちろんアルバムの内容はかなりイイ。

 でも所詮、商業的に練り直されたアルバムと言える。

 本当の「ニルバーナ」は1stアルバム「BLEACH」を聞けばグランジの全てが分かる。



 とにかくかっこいいアルバムと言える。



 一般受けしないラウドでダークな曲調ですね。



 ネバーマインドもラウドでダークなんですが、幾分聴きやすくなっていますね。

 「ニルバーナ」登場以前からグランジ・オルタナティヴシーンは盛り上がりを見せていたのですが、ニルバーナ以前にシーンを牽引していたニューヨークのバンドあります。

 Sonic Youthというバンドです。

 初めて彼らをみたのは大阪のフェスティバルホールでした。

 しかも音楽関係者にチケットが回ってきたのですが、オープニングアクトにボアダムスというキャスティングで、これもまた衝撃的な忘れられないライヴでした。









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